2006年11月09日

train☆train

僕は電車に乗っていた。
ガタゴト揺れる車両には、色んな人が乗っていた。

ぼんやりと外をつまらなそうに眺めている人。
せかせかと何かにせっつかれて必死で本を読んでいる人。
きょろきょろと周りの人を見回して脅えている人。
すたすたと前の車両へと歩いていく人。

僕はそんな人たちを、少し離れた席から見つめていた。

「あ、あー、ああああ。」

急にうめき声を上げたのは、本を読んでいる人だった。
ネクタイが少し歪んでいて、膝にはコーヒーと思しき染みがうっすらと浮かんでいる。

「前に、行かなきゃ。行かなきゃ。行かなきゃ!!」

本を放り投げて、彼は立ち上がった。
少し前へ行きかけて、本を落としたことに気がついて振り返った。
その間に次の車両へのドアが開き、歩いていた人はドアを閉めて前へ行ってしまった。

「あ、あ、あ」

本を読んでいた人は、焦りか怒りか戸惑いか、震えながら歩いていた人の行った道を見下ろしている。
ぶるぶると震えるその人の拳は、怒りよりも悔しさに見えた。

脅えていた人は、そんな本を読んでいた人を見て、笑った。
それは嘲笑じゃなかった。憫笑でもなかった。ましてや朗笑なんかじゃない。
それは、安堵の笑いだった。

僕は気がついていた。
脅えていた人が、ほんの少しだけ腰を浮かして、歩いていた人を追いかけようとしていたことに。
そして、立ち上がる前にそれを辞めてしまったことに。

外を眺めている人は、口の端に冷笑を浮かべ、すぐに外を見ることにした。
唇が、『それみたことか』と言ってるように見えた。

何故だかはわからなかった。
だけど、僕は歩いていた人を追いかけた。
躊躇いはしなかった。
ただ、本を読んでいた人と目が合った瞬間、ずきりときしむ胸の痛みを感じたけれど。

*     *     *


僕は歩いていた人の隣に立った。
つり革を掴んで、僕らは無言だった。
僕は歩いていた人になんて話しかけるかばかり考えていた。

「給食って制度は、何故あるか知ってる?」

歩いていた人は言った。

突然の質問に戸惑ったけど、僕は答えた。

「昔、ご飯が食べられなかった子ども達が倒れないように、って学校が用意した昼食。だから、子どものために…」

僕の答えを遮るように歩いていた人は言った。

「だったら何故今もあるの?
 そんなものを必要とするほど飢えた子どもはいないと思うけど。」


そういえば、そうかもしれない。

「社会生活を学んでいく上で、必要なんじゃないかな。」

「そんなもの、お弁当でも一緒じゃん。
 お弁当でもマナーは学べるよ。」


僕は困った。
何で給食でなきゃいけないんだろう。

「栄養バランス?」

「一番近いね、私の考えに。」

歩いていた人は、僕の目を見た。
それまで僕らは目をあわせることすらしなかったから、僕はたじろいだ。

「知り合いとの思い出話に、給食の話をしたことはない?」

歩いていた人は言った。

「…。」

あった気がする。

「ココアパンやウグイスパンやキナコパンについて語り合ったことは?
 クリスマスに出たおかずについて話し合ったことは?
 ご飯の入っているアルミパックの上の○について訊ねたことは?」


「ある。」

「誰とでもできる話だ。
 例え30歳くらい年が離れている人とでも。
 僕らは『給食』という共通の話題で、誰とでもつながれる。」


僕は頷く。

「それだけだよ。
 共通に。みんなと一緒になるために。
 でもね。」


歩いていた人は笑った。

「だからこそ、別に一緒の道を歩かなくても良いんだという証拠じゃないかと僕は思うんだ。」

僕にはわからない。

「同じ話ができるなら、私達は繋がれる。
 繋がれるから、少し離れていても平気だし、全く違う道を行っても良い。
 そういうコトなんだ。
 君と私はもう繋がっている。
 そうだろう?」


僕はまた頷いた。
歩いていた人は微笑んだ。

「だったらね。」とその人は言った。

「真っ直ぐ歩くばかりでなくても良いんだと、君も知るべきだよ。
 真っ直ぐだけが、楽しい道じゃないんだ。
 あの人は」


歩いていた人は、本を読んでいた人を指差した。

「前に進むことが最良だと信じている。あの人も」

と脅えていた人を顎で示した。

「そう信じてる。
 愚かしいね。
 誰が言ったの?教えたの?
 可哀想だね。
 あの人はね」


示されたのは外を眺めている人。

「そう思っているけど実行しない。
 自分じゃ無理だと思ってる。
 前には行けないと。行っても勝てないと。
 何に勝ちたいのか教えて欲しいね。
 何かになりたいのか誰かに勝ちたいのか。
 あの人はどっちなんだろうね。
 で、君は?」


歩いていた人は言った。

「どうしたい?
 真っ直ぐ、この電車のレールの上を進むことが幸せ?」


「…。」

そんなことを急に言われてもわからないよ。

「どうして、私が扉を潜り抜けたら、みんな扉をくぐりたがるの?
 どうして窓の外に行ってみようと思わないの?
 危険だから?
 速度が」


その人は息を付いた。

「早いから?
 危険を冒すには、時間は足りなすぎるから?」


俯いて、その人は言った。

「私は悲しい。
 いつから列車は出来たのか。
 いつから線路は全てを繋いでしまったのか。
 いつから電車に乗らなくてはならなくなったのか。
 いつになったら。」


その人はまた歩き出した。

「私の傍を離れて、私と繋がってくれる人は現れるのか。」

僕は、じっとその人の背中を見た。

窓を見る。
電車は止まっている。
駅だ。

僕は転がるようにして電車から降りた。

誰も降りない。

僕は降りる。

改札を出て、僕は公園を歩いた。
スキップしたり。
きんちゃん走りしたり。
時々給食のことを思い出したり。
絵を描いたり。
たまにバスや電車や自転車に乗ったり。

そうやって、歩き出した人と僕は、繋がっているんだと思う。



















レールの上を歩くだけが
僕の人生じゃないんだと
例えそのレールを用意したのが
僕自身だとしても
posted by み〜ほ at 00:22| 兵庫 | Comment(0) | 創作 | 更新情報をチェックする
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