2006年11月29日

手を伸ばし貴女を助けられないわが身が恨めしい

今日、僕の持ち主は死んだ。

順を追って話そう。
僕の持ち主は、高校生の女の子。
セミロングの茶色い髪を毎日20分かけてセットし、授業中はメールのやり取りで忙しい、そんな女の子だった。
女子高生なら誰でも欲しがる某ブランドの指輪を薬指にこっそりつけて、爪の手入れも忘れない。
幸福な女の子だった。
幸せであるが故に見えてくる不幸を、朝夕口にしていなければきがすまない。
だけど僕のことは、大切に扱ってくれる、そんなどこにでもいる、普通の女の子だ。正確には、だった、なのだけれど。

今、彼女の母親は半狂乱になって彼女の死体に抱きついている。
それは、意味のあることなんかではなくて、きっと混乱や悲嘆や絶望や、そんなものたちで混ぜこぜになった気持ちがそうさせるのだろう。

彼女は、白い布を顔に被っている。

僕は何かって?
僕はね、彼女のヘアゴムなんです。

黒くて、地味で、そのくせ直ぐに失くなってしまうもの。それが僕。
貴女が女性なら、覚えがあるでしょう?
今ピアノの上に置いたはずの僕が、気がついたらどこにもいない。
ああ、また新しいゴム作らなきゃ…。

だけどね。
彼女は僕のことを大切にしてくれた。
殆どの時、僕は彼女の制服のブレザーの中にいた。右側のポケットで、出番を待ってた。
僕の出番は、体育の授業の時。
鬼みたいな先生が彼女に『髪をくくれ!!』って怒鳴った後、彼女がジャージの右ポケットから取り出して、僕で彼女の髪を束ねる。
シャンプーとは違う、柔らかな香りがする。
多分、父親に買わせたランコムの新しい香水。僕に少しだけ染み付いた香り。
僕の出番がこのときだけなのは、彼女の小さな愛らしい気持ちから。
僕に指を通して、彼女の髪を束縛する姿を、ただただ彼に見てほしいから。
僕は、そんな彼女を、まるで孫のように愛おしく締め付けるのだ。

そんな風に、彼女の生活のごく一部にだけ暮らしてた僕が今、彼女と一緒に白い布の下にいる。
彼女はジャージを着ていない。だけれど僕は、彼女の髪に結わえられ、泣き崩れる母親の声を聞いている。

ねえ、お母さん。
僕は彼女の死について知ってるよ。

そう言ってあげたかった。
誰よりも貴女に、彼女の死を伝えてあげたかった。
そして、敵をとってほしかった。

僕には、出来ないのだけれど。

事が起きたのは、昨夜。
彼女はキタクブ(キムタクの仲間だろうか)に所属していて、帰りは早い。
だけど昨日に限っては、遅かったんだ。
『明日の授業の準備を手伝いなさい。』
体育委員の彼女は、担任の言葉を聞いて、素直に残ってたんだ。

『先生、これ、どこ持って行くの?』
彼女は聞いた。
ソフトボールのボールがたくさん入った籠を、台車に乗せてカラカラと音を立てる。
『ふう。汗かいちゃった。』
そう言って、彼女は右ポケットから僕を取り出すと、考えうる中で一番セクシーな手つきで髪を掻き揚げる。
『くくるから、ちょっと待って。』
僕を操る手つきは、いかにも慣れていて、口笛でも吹きたくなる爽やかな風につられて、ポニーテールが揺れた。
『先生、私こんなに頑張ったんだから、ご褒美が欲しいな。』
彼女の甘えた声に、先生は何を思ったんだろう。
僕には、ちょっとわからない。
彼女は、『私、何にもわかんない女の子じゃないわ。』なんて、80年代ドラマも真っ青な台詞で両手を広げた。
先生は何も言わず、左手の人差し指で、第二体育倉庫を指差したんだ。

『ケチ。』
あかんべをすると(きっとね。だって僕からは見えないから)彼女は、再び籠を持ち上げた。
第二体育倉庫は、第一から200メートルくらい離れていて、しかも階段を上らなければならないから、台車が使えないのだ。
『キライになるわ。きっと。』
彼女は先生に背を向けたけれど、先生は彼女を見てた。
優しい目で。困った目で見てた。

ああ、失恋か。
そんな事を、僕は思ってた。

先生は、背を向けると、反対方向に歩いて行った。
先生が見えなくなると、別のところから、人影が現れた。

『ダメダヨ。ヒトリデソッチニイッチャ。』
言いたかった。
嫌な予感がしたんだ。冷たいものが僕の背を滑り落ちる感触(よくはわからないのだけれど)が、したんだ。
『オネガイソッチニイカナイデ。
 モドッテ。ネ、ミキチャン。』
想っても、願っても、彼女は振り替えらない。
当たり前だけど、僕は無力だった。

彼女は、テクテクと歩いていって、直ぐに第二体育倉庫についてしまった。
僕は再三に渡って神様にお願いしたけれど、だめだった。
彼女は、暗い倉庫の中に入ってしまった。

汗の臭いがした。
体育倉庫特有の、汗と砂とが交じり合った、酸っぱい臭い。
『早く出よう。』
そう独り言を言った彼女の後ろで、引き戸が閉まったんだ。

『先生?』
彼女は、振り返った。
振り返った先にいたのは、確かに先生だった。
体育の先生。
ただし、彼女の大好きな先生ではなかったけれど。

『先生?何してるの?』

彼女は名前すら思い出せない教師に向かって、訊ねた。

『何も。
 今からするのさ。』

そういって、きょとんとしてる彼女を急に襲ったんだ。
ここから先を、僕はあまり思い出したくない。
だって。
だってそうでしょう?

倉庫の跳び箱の上に横たえられた、気を失った僕のご主人様。
平均台に両手をくくりつけられてる。
小学校のように縄跳びなんてないから、メジャーでくくられているんだ。
両手首がこすれて血がにじんでたけど、「先生」はお構いなしだった。

彼女の女性としての特徴を、先生は暴いたりはしなかった。
ただ、暴かないだけで、結局こいつは彼女を嬲っていた。
耳を嘗め回して、彼女が苦しそうなあえぎを漏らすと、楽しそうにipodでそれを録音していて、後で再生するのだ。

嗚呼。
もう思い出したくない。

そんなことが、永遠に続くんじゃないかとさえ思った。
僕はただ、耐えていたんだ。
神様どうか、僕の持ち主を助けて!!

そして、彼女は解放された。
メジャーが外され、跳び箱に横たえられたまま、彼女は涙を流した。

『気持ちよかっただろ。
 どうせ、いつもしてるんだろ、これぐらい。』

アイツはそう言って、彼女を手当てするでもなく出て行った。

ばかなみきちゃん。
大人のフリなんて、しなければ良かったんだ。
そうすれば、幾ら君が可愛いからって、こんな風に目をつけられることはなかったんだから。

ブツブツと彼女は自分に呟いていた。

ずるずると跳び箱から落ちると、彼女は立ち上がった。

倉庫を出て校舎の時計を見る。
あれから一時間も経っていなかったんだ…。

そして、教室に戻った。
彼女の五階の教室からは、いわし雲が見えた。

『さようなら。』

彼女はそう言って、飛び降りたんだ。

ねえ、どうして死んだの?
悪いのは、君じゃないのに。

ダイスキだったんでしょ?
あの先生のこと。
裏切られたんだと思ったんでしょ?
本当は違うんだよ。
先生は君の事、嫌ってなんかいないし、おもちゃにもしてなんかいないんだよ。
悪いのは、あいつだけなんだ。

みきちゃん。
どうして死んじゃったの。
アイツを、殺してやればよかったのに。

お母さん。
みきちゃんを死なせたアイツを、貴女が殺してください。

それが出来ないならせめて。

僕をみきちゃんと一緒に燃やしてください。








次に何かに生まれることができるなら。
みきちゃん。
僕は、君を守れる何かに、なりたいな。


























電車の中で思いついた話。
長い長い殺人に感化されたわけでは

…ないわけがない。
posted by み〜ほ at 00:52| 兵庫 ☁| Comment(0) | 創作 | 更新情報をチェックする
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