2007年01月30日

laundry

お母さんが死んだ。



あらぬ誤解を受けそうなので先に書いときますが、作り話ですので。

お母さんが死んだ。
突然のことだった。
病院の先生は、よくわからない病名を、たらたらと並べ立てて、『ご愁傷様です』を言うと、私を外へ追いやった。

お葬式がどうやって行われたのかはわからない。
私は、椅子に座ってぼんやりしていた。
誰かが泣く声が聞こえたけれど、よくはわからなかった。

お母さんが死んだ。
私のたったひとりの味方がいなくなった。
お母さんを失ったんだ。
その事実だけが、私の頭の中をぐるぐると回った。
お母さんと出かけた旅行の写真を眺めた。
笑ってる。お母さんが笑ってる。
沖縄に行ったときの写真。
シーサーの横で大口を開けて、紫芋のパイをほおばってる。
北海道に言った時の写真。
空港でお土産を持たされて、クタクタな顔。

お母さんが死んだ。
どうして?
どうして?
悲しくて、辛くて、寂しかった。

気がついたら、私は泣いていた。
泣いて、お母さんの声を思い出そうとした。
でもね。
はっきりと思い出せないよ。
こんな感じだったかな。そう思って、色々思い出そうとしてるのに。
リアルに出来ない。
お母さん。私の名前をもう一度呼んで?今度は、絶対忘れないようにするから。
お母さん。

*  *  *


気がついたら、病院のベッドだった。
点滴を打たれて、4人部屋の部屋で私は眠っていたらしかった。

どうしてここにいるのかわからなかったので看護婦さんに聞いたら、
「ご飯も食べずに2週間もいたら、そりゃ倒れるでしょ。」
と素っ気なく言われた。

そうか。ご飯を食べなかったのか。
食べなきゃならないなんて、思いも寄らなかった。
でも、お腹が空かなかったのだから、しょうがないじゃない。

「死んじゃうでしょ。」
て看護婦さんは言ったけど、それでも良いと思った。
その方が良いと思った。
そう言ったら、看護婦さんは呆れた顔で
「ここにいる間は死なないでよ。」
とだけ言うと、病室を出て行った。
そんなものかな、と私は思った。

職員のお姉さんが持ってきてくれた晩ごはんは、冷たいご飯とお味噌汁、サラダと白身のお魚だった。隣のベッドのおばあちゃんは、高血圧だからお味噌汁ではなくて、卵スープらしかった。
私もそれが良いと言うと、お姉さんは笑って
「明日はそれにしてあげる。」
と言ってくれた。

病気の時、いつもお母さんが卵のスープを作ってくれた。
思い出したら寂しくて、また涙がとまらなくなった。
カーテンをして、声を立てないように泣いた。

*  *  *


目が覚めたら、もうお昼だった。
お父さんが、すぐ傍にある椅子に座って眠っていた。
確か今日は土曜日だ。
お父さんは土曜日は仕事のはずなのに。何をしてるんだろう。

「起きてたのか。」

1時間後に目が覚めたお父さんは、私に言った。
私はお昼ごはんを食べ終えていて、昨日のお姉さんが、持って行ってくれたところだった。

「大丈夫か。」

断定的な口調でお父さんは尋ねた。
私は頷くことも首を振ることもせずに、お父さんのネクタイを見ていた。

「どうして、ご飯を食べなかった。」

『世話かけやがって。』とその口は言った。
私は、無意識に『ごめんなさい』と言った。
学校の欠席の手続きが困っただとか、病院のスタッフに暗に虐待を疑われただとか、お父さんはそんな事を並べ立てて私を詰った。
その度私は俯いて『ごめんなさい』を繰り返した。
お母さんが死んだことや、お葬式のときにまで話は及んで、お父さんは
「お前がしゃんとしてないからオレが恥をかいただろう。」
と言った。
「ごめんなさい。」

何度繰り返したか、わからない。
そうしたら不意にカーテンが開いた。

「ああ、お話中でしたか、失礼。」

カーテンを開けたのは、見知らぬおばあさんだった。
柔和な顔つきで、めがねの奥から笑い皺のくっきりした目がのぞいた。

「洗濯物、ありませんか?
 今日は、洗濯の日ですからね。」

おばあさんは、私に向かって笑顔で尋ねる。
そういえば、このパジャマをいつからきてるのかわからなかった。

「これを。」
私がパジャマをつまんで、影で脱ごうとしたら、お父さんが言った。
「そんなことは結構です。」
きっぱりとした口調で、おばあさんは驚いたみたいだった。
それからちょっと私を見て、それから時計を見た。
「ご家族の方ですか?」
時計を見ながら、おばあさんは言った。『そうですが。』とお父さんがやや不貞腐れて答えると、おばあさんは笑顔で言った。
「見舞いの方は、そろそろ面会時間が終わると思いますよ。
お早めに出ないと、ここ、結構五月蝿いですからね、そういうの。」
「ご忠告どうも。」
お父さんはそう言うと、『退院するまではお父さんは忙しいから来ないぞ。』と私に告げて、去っていった。

「お父さんですか。」
おばあさんは、誰にともなく呟いた。
「そうです。」
「忙しそうですね。」
洗濯物を入れる袋を私に渡しながら、おばあさんは言った。
「やり手の人でしょうね。」

そう見えただろうか、あの人が。
おばあさんは着替えが見えないようにカーテンを閉めてくれた。

「会社に尽くすのが全てだと信じてるんでしょうね。古風なファイターですね。」

おばあさんの口から『ファイター』という言葉を聞いて、私は吹き出した。

「洗濯物、入れてくれましたか?」
「はい。」
「もう開けても平気ですか?」
「はい。」

なるべく大きな音を立てないようにカーテンを開け、おばあさんは微笑んだ。

「その箪笥、入院している間、使って良いですからね。」

おばあさんが箪笥と呼んだのは、2段のカラーボックスで、中にカラーボックス用の籠を入れてあった。

「上が下着、真ん中がTシャツや長袖を、下がズボンやスカートを入れるところですよ。」

おばあさんが教えてくれたので、私はお父さんが持って来ていたらしい服を、そこに詰めることにした。

*  *  *


次に目が覚めたら、洗濯物が出来ていた。
目が覚めたのはまたお昼で、看護婦さんに
「ちゃんと起きないと検査できないでしょ。」
と愚痴を言われた。
洗濯物は、綺麗にたたまれていて、きちんと箪笥にしまわれていた。
ただし、シャツが真ん中にあって、キャミソールは一番上にあったのだけれど。

その日のお昼ごはんは、食パンとヨーグルトとバナナだった。
正しくは朝ごはんらしいのだけれど、寝起きだからこっちが良いと言ってこっちにしてもらったのだ。
バナナは甘くて、筋が口に沢山入ってきたけれど、美味しかった。
私は時々お母さんのことを思い出しては泣いていたから、周りのベッドの人は私に話しかけたりしてこなかった。
お見舞いもなかった。
学校にはもう、1ヶ月も行ってないらしかった。
お父さんはそれでも一度もここに来なかったし、電話もなかった。
忙しい、ってどれくらい忙しいのか知らないけど、きっと電話に指をかけることもできないくらい、忙しいんだろう。

月曜日になったら、またおばあさんがやってきた。
「洗濯物、ありますか?」
袋を受け取ると、私は汚れたものをおばあさんに渡した。
「たたんでくれて、ありがとうございます。」
おばあさんは目じりの皺を更に深くして目を細めた。
「どういたしまして。」
「ここで働いてるんですか?」
「ええ。シルバー派遣です。」
おばあさんは笑うと、洗濯物を持って行ってしまった。

*  *  *


水曜日に、おばあさんはやってきた。
聞くと、月水土がお仕事の日らしかった。
「じゃぁ、次に会えるのは土曜日ですね。」
私が言うと、おばあさんは『お話だけなら、これが終わったらできますよ。』と言ってくれた。
私は、ロビーで話そうと約束して、少し眠った。

おばあさんの仕事が終わる5時になった。
私は、ロビーに行った。
ロビーは薬のにおいがして、少し不安だったけれど、売店もあったし、何人かの人が話をしていたから、私は空いているソファにもたれかかった。
「お待たせしましたか?」
後ろから、おばあさんの声がした。
洗濯物を回収する時の白い割烹着ではなくて、今度は花柄の綺麗なワンピースを来ていた。
「今、来ました。」
そういうと『ならよかった。』と言って、おばあさんは隣に腰掛けた。

「あのね。」
私は俯きながら言った。
「お母さんが死んだんです。病気で。」
赤の他人に、急に言う気になった理由はわからなかったけど、私は言い始めた。
「お母さんは、私のたった一人の味方だったんです。いっつも、傍にいてくれて、いっつも笑ってくれていたんです。でも、死んだんです。」
思い出して、また涙が出てきたけど、構わずに私は続けた。
「お父さんは、忙しいからって、私の傍にはいてくれないんです。お母さんが死んだのに、全然悲しくないみたいでした。
 私、泣いてたのに。
 2週間、何も食べずに泣いてたのに。
 ちっとも、気付かなかったんです。
 私、死にそうだったのに。倒れて何日か経つまで、気付かなかったんです。」
悔しかった。
お母さんの死が、あの人にとってなんでもないことのようだったのが、悔しかった。

「辛かったね。」
おばあさんは、私の頭を撫でながら言った。
「辛かったね。
 よく、我慢したね。頑張ったね。」
よしよしといいながら、おばあさんは私を撫で続けた。
おばあさんの手からは、お母さんが使っていたのと同じ洗剤の匂いがした。
私は、声を立てないように、おばあさんの手に縋って泣いた。
「よく頑張ったね、辛かったね。悲しかったね。頑張ったね。」
もう良いよ。
そう言っておばあさんは、ずっと私の傍にいてくれた。

めんどくさそうな顔をした看護婦さんが来るまで、私はおばあさんと一緒にいた。

*  *  *


それから、月水土はいつもおばあさんと話すようになった。
おばあさんの持ってきてくれる洗濯物はいつもシャツが真ん中で、キャミソールが上になっていた。
ある日、そう伝えると、おばあさんは困った顔をした。

「若い子の服って、わからないわ。
 白い無地だからシャツだと思っていたら、キャミソールだから下着じゃないとか、ピンクのフリフリだから、シャツじゃないと思ったのに、それはシャツだって言われたり。」

私は、生地の厚さとか、縫い目がこうなってるのはシャツだ、とか、教えてあげることにした。

私の入院は、1ヶ月半に及んでいた。
お医者の先生は、退院して良いとあまり言ってこないけれど、もう退院する時期だろうな、と思っていた。
私の体調は、すっかり良くなっていたから。

*  *  *


水曜日だった。
おばあさんにさようならを言おうと思った。
だけど、お昼になっても、おばあさんは来なかった。
変わりに来たのは、不機嫌な看護婦さんで、
「私は雑用するために病院にいるんじゃない。」
とブツブツ言いながら洗濯物を持っていった。
おばあさんはどうしたのかと尋ねると、『契約が切れたから辞めたのよ。』と苛立ち混じりに教えてくれた。

ああ、さようならを言わせてもらえなかったんだな。
そう思った。
おばあさんも、もしかして迷惑だったのだろうか。
こんな女の子の愚痴を聞くなんて。
悲しくて、少し涙が出そうだった。
今日で退院なのに。

*  *  *


私はロビーに行った。
5時。
おばあさんが仕事を終える時間。
来ないのはわかっていたけれど、それでも少しだけここにいたかった。
少しでも、来ると、来てくれると思いたかった。
だけど、おばあさんは来なかった。

*  *  *


家に帰ると、知らない女の人がいた。
その人は私の新しいお母さんらしかった。
小さな子どもがいて、その子はお父さんの息子らしかった。
ああ、そうか、と私は思った。
別にどうという感想もなかった。
お父さんはそんな人だったんだ、と気がついただけだった。
小さな子どもはお父さんに似て他人に感心がないらしく、私の名前を覚える気もないようだった。
新しいお母さんは私の名前を覚える気だけはあったらしかった。
けれど、私に笑顔を向ける気はあまりないらしく、お父さんがいないところでは殆ど話をしなかった。
小さな子どものために、私は今までよりも狭い部屋が宛がわれた。
女の子だから、らしかった。
だけどそれも、どうでもいいことで、私は小さな子どもの悪戯も、我侭も、何もかも気にせずにただ静かに過ごした。
家の中は、会話をするところじゃないんだと気付いた。

*  *  *


チャイムが鳴った。
当然のようにお父さんも新しいお母さんも小さい子どもも立ち上がる気配を見せなかった。
私は立ち上がり、インターホンの受話器を耳にあてた。
「はい。」
『こんにちは。ええと、娘さんですか?』
「はい。」
『私です。ええとね、病院で洗濯をしていた。』

おばあさん。
私は呟いて、そして受話器を握りなおして言った。

「今、マンションの玄関ですか?」
『そうです。退院したって聞いたものですから、寄らしてもらったんです。
 少し、お話でもしませんか?』

私は少し待つようにお願いして、玄関から飛び出した。

「迷ってしまったんですよ。」
少し照れくさそうにおばあさんは言った。
「この年で迷子。恥ずかしいわね。」
マンションのロビーのソファに、おばあさんは優雅に座った。
「元気ですか?」
頷く私を見て、おばあさんは微笑んだ。
「お父さんと、仲良くしてらっしゃる?」
素直に私は首を横に振った。おばあさんはころころと笑った。
「年頃の女の子はね、そういうものね。」
おばあさんは楽しそうに言いながら、荷物を取り出した。
「これをね、貴女にお渡ししようと思って、寄らせてもらったの。
 気に入ってくれると良いのだけれど。」
そういって取り出されたのは、グレイのキャミソールと、スパンコールの付いた白いキャミソールだった。
「これは、キャミソールかしらね。」
「はい。そうですよ。」
良かった、とおばあさんは微笑んだ。
「お裁縫が趣味でね、作れそうだったから、作ってみたの。
 ミシンで仕立ててるから解れたりはしないわよ。」
「良いんですか?」
「ええ。貴女に来てもらうために作ったんですよ。」
私は受け取って、マジマジと眺めた。
雑誌にでも載っていそうな、スパンコールの綺麗なキャミソール。
その下に着たら似合いそうなグレイのキャミソール。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。
 本当はね、それだけじゃなくてね。」
おばあさんは少し左斜め下を見ながら言った。
「お別れを言いに来たのよ。
 もう、病院にも行かないし、ここにも来れませんからね。」
「どうして?」
「施設に行くの。
 もう年ですからね。息子達が、面倒見れなくなる前にそれなりの施設を予約したから入って欲しい、と言うものですから。
 この機会を逃すと、次いつ回ってくるかわからないそうなの。」
「…。」
行かないで、と言えなかった。
引き止めるには、私はあまりにも無力だし、そんな権利もなかった。
「少しの間だったけれど、とても楽しかったのよ。
 娘ができたみたいでね。
 だから、どうしてもお礼がしたかったの。」
「…。」
「ありがとう。」
「…ありがとう、ございました。」

いなくなってしまう。
今度こそいなくなってしまう。
わかっていたけれど、とめられなかった。

「お手紙、書きたいです。」
「え?」
「お手紙、その、施設に。
 私と、文通してくれませんか?」

面倒くさいことかもしれない。
わかってるけど、でも、つながりを失いたくなくて、私は言った。

「住所、教えてもらえませんか?」

おばあさんは微笑んで言った。

「ありがとう。」
かばんから手帳を取り出し、メモに住所を書いてくれた。

「ありがとう、本当に。
 貴女に会えて嬉しかったわ。」

おばあさんはそう言って、少し話をして、去って行った。

*  *  *


私は毎週のように手紙を書いた。
おばあさんも毎週のように手紙をくれた。

おばあさんの字は、丁寧で、控えめで、優しかった。

私は嬉しくて、またすぐに返事を書いた。
おばあさんからの返事は、時々遅れるようになったけれど、私はすぐに返事を書いて、おばあさんから手紙が来るのを待った。

ある日、手紙が来なくなっても、私は手紙を書いた。
もしかしたら、手が動かなくなったのかもしれない。
そう思って、プレゼント代わりに力の要らないペンを贈った。
それでも返事はなかった。

住所を頼りに、おばあさんを訪ねようと思ったけれど、できなかった。
もし、もしもまた味方を失ったら。
そう思うとできなかった。
相変わらず、私は手紙を書いた。

時には10枚くらいの手紙になった。
自分の近況や、最近のファッションの事。
何でも良かったから、書き続けた。

そして、1通の手紙を受け取った。

それは、おばあさんの字とは似ても似つかない、震えたまるでミミズがのたくったような字だった。

『今日は。
 いつも手紙をくれてありがとう。
 いつも楽しみにしています。
 だけどもう手がほとんどうごかかないので、あまり手紙を出せません。
 ごめんなさい。
 でもとても嬉しいので、また手紙をくれるとうれしいです。
 かしこ』

たったそれだけだった。
ミミズののたくった手紙だったけれど、私はそれを大切に引き出しにしまい、早速おばあさんへ手紙を書いた。

今でも、おばあさんへの手紙を書いている。

30年経っても、40年経っても、ずっと、書き続けようと思う。
この手紙を、ポストではなくお墓に持って行くことになっても。
posted by み〜ほ at 23:35| 兵庫 ☀| Comment(0) | 創作 | 更新情報をチェックする
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